犬系アラサー女子の猫系日記

アメリカンに生きてみたい。会社組織で十ン年、忠犬ハチ公を続けて来たアラサー女子が気ままな猫系生活に転身してからのオキテやぶり日誌

「言ってること同じじゃん」

というか、カナリ久しぶりにここに来て、記事を投稿したあと何気なく過去ログを見て驚いた。今と全く同じことを言っているじゃんと。

 


結局私の今まで全ての原動力は猛烈な承認欲求からなっていて、よく、好きなことに猪突猛進だの健気だのと言われるけどそれは、ただただ自分の承認欲求に素直に動いているだけなのだと思う。

 

私は今まで、自分の中のドM気質はわかっていたし、それをうまく仕事に活用して来たのだけど、今ほどその気質を解放出来る環境に出会ったことは今までなかったと思う。

 

それも、元を辿れば私の今ある経験技術の殆どは恋愛が原動力になっていると言っても過言ではない。大本の「好き」は私自身にあったもの。こればかりは元々あったものだからなんとも説明しようがない。

 

高校を卒業するくらいまでは、「私これがやりたい!」という私自身の意思で成り立っていた。

 

けど、少なくとも専門学生以降、身につけた知識や技術、価値観などは、殆ど恋愛に帰属していると言っても過言ではないと思う。まぁ、大本にあるものが自分本来の意思からなるものだとしたら、それを適えるための知識や技術は恋愛の力を借りて身につけて来たという構図になるのだろうか。

 

とにかく、好きな人の目線を知りたい、世界を理解したい、という原動力が強くて、自分でも驚くほどの吸収力もある。興味を持つキッカケ自体がそこにあるのだと思う。

 

好きな人の興味があるもの=自分の興味があるもの

 

この時点でしっかり忠実なのだけど、それと共に、私を見て欲しい、認めて欲しいという猛烈な承認欲求があるからこそ、やってみせようと必死になるのかも知れない。

 

色々な記事を見ると、なるほど素直って言うのは自分の感情を表現することなんだなと。それは前から自然にやっているけれど、けど恋愛面では相手との距離が縮まるにつれて出来なくなっていた事だったかもしれない。

 

思い返せば、私は何故か、相手との距離が縮まるとプライドが高まって、マウントを取ろうとしたくなる。四六時中相手の連絡を待っていると、自分を構って欲しいんだと思われたくなくてわざと遅く返事をしたり、相手の都合にいちいちイライラしていたり。

 

構って

 

なんて口が裂けても言えなかった。そう言える人がうらやましくて、理解出来なくて仕方なかった。甘え方も全くもってわからなかったし、とにかく人に頼み事をするのが根っから苦手だった。そう考えたら、私はこの1、2年で

 

大きな人間的成長期

 

に入っているのかもしれない。

 

「甘えてくれる」は自尊心を満足させる。

 

甘えられる→受け止めてあげる→感謝される→俺スゲー

こんな自覚を持たせてくれる人には感謝の念と共に手放したくない気持ちでいっぱいになる。

 

確かに、この人素直ですごいなぁと思う時って、やられたって思う程、相手が一枚も二枚も上手だと感じたものだ。

 

自立型の人は、

・普段から色々な場所で自分自身を出せていないこと

・本当は自分はとても繊細で傷つくのがこわいこと

・弱さを見せることに抵抗があること

・本当は人に頼りたい、甘えたいこと

を自覚していく必要がある

 

まずは自分が甘えたい気持ちを受け入れてあげる。

身近な人に小さなことから甘えてみる。

 

・夜寂しくなって、こんな時間に迷惑かなと思っても聞くだけ聞いてみる

・こんな姿見せられないと思う姿ほど見せてみる

・大変な時に手伝って欲しいなと言ってみる

今までしなかったことをして成功体験を積む

 

今は本当に、いいバランスの中にあって、依存する危険なラインは充分に知った上で、甘える訓練が出来ている絶好の環境でありチャンス。それにしても、こんなに素直になれるようになって来たのはいつからだろう。

 

今の取引先とも怒って喧嘩して。私の性格改善に大いなる影響を与えてくれているのは確か。そしてその中でも扱いにくい人に対する耐性も付き始めているんだからすごい。

 

甘えてくれる人に依存するという心理もよくわかっている。